【懐かしの一面記事】孤児院にランチの差し入れ(2017年1月掲載)

あの頃のタイをもう一度

弊社フリーペーパー「タイ自由ランド」は、2026年9月をもちまして創刊30年目を迎えます。

これまで誌面を飾ってきた歴代の一面記事を復刻し、当時の記事とともに、懐かしいバンコクの街並みや、その時代を彩ったタイでの出来事を振り返っていきます。

今とは大きく姿を変えたバンコクの街、当時話題になったニュース、暮らしや流行、そして在タイ日本人を取り巻く環境――。

過去の記事を読み返してみると、そこにはその時代ならではのバンコクの空気が詰まっています。

「こんな場所があった」「こんな出来事があった」と懐かしく感じる方も、まだ当時のバンコクを知らなかった方も、ぜひ30年の歩みとともにお楽しみください。

あの日の一面から、バンコクの30年をたどります。

 

〈2017年1月掲載〉孤児院にランチの差し入れ

 タイでは毎年1月の第二土曜日が子どもの日で、今年も各地で子ども向けのイベントが開催され、恵まれない子どもたちの施設への寄付や慰問なども多く行われました。

 タイ自由ランドで、以前ラマ2世通り近くの「泰華孤児院」を紹介しましたが、記事を見たトンロー通りの元祖もっこり総本店の店主木村さんは、孤児院にたびたび寄付や食事の差し入れをしています。先日の子どもの日に、ランチを作って持っていく様子を取材させて頂きました。

 今回は木村さんのほか、麺を寄付されたカネジン・タイランドの佐藤さん、お茶とお菓子を寄付されたアサンサービスの佐藤さん、車を出してくれた小見山さんと、お手伝いに来てくれた武田さんの日本人5名での訪問となりました。

右より佐藤さん(アサン・サービス)、武田さん、 木村さん(元祖もっこり総本店)、孤児院のマーライ先生、 佐藤さん(カネジン・タイランド)、小見山さん

 ランチは焼きそばと唐揚げで、先生の分を含め135食用意していきました。3年前に取材したときは、90人だったので、だいぶ増えました。そのときの取材で、景気が低迷すると孤児が増えると聞いていたので、今の景気は非常に悪いということでしょうか。

 みんなで手分けして食堂のテーブルに、ランチとお菓子とお茶のボトルを並べると、先生がカンカンと鐘をならしました。これが昼食の合図です。

 合図とともに、ぞろぞろと子どもたちがやって来ました。3歳の子どもから高校生まで、かなり年齢に幅があります。この施設に居られるのは18歳までです。

 孤児院のマーライ先生が、子ども達に木村さんをはじめ差し入れてくれた人を紹介し、子ども達は感謝の言葉を、唱和してくれました。

 焼きそばの反応を聞いてみるとみなおいしいと言っていましたが、なかには唐辛子や砂糖をびっくりするほどたっぷりかけている子どももいました。

 木村さんは「ちょっと味付けが薄かったかな」と心配していましたが、孤児院のスタッフは、今日は朝から差し入れがたくさんあったので、子供たちは、まだお腹が空いていないかもと話していたので、味にもっと刺激が欲しかったのでしょう。

木村さんと子ども達

 緑茶にも、砂糖を入れる子どもがいて「無糖緑茶は、子どもにはちょっとしぶすぎたかな」とアサン・サービスの佐藤さんも苦笑い。

 みなさん何が子どもに受けるかを、さっそく次の機会の話をしていました。

 食事が終わるころに、かき氷の屋台がやってきました。仕切っているのはイムさんという明るく豪快な女性で、彼女はここの孤児院で育ったそうです。

この孤児院で育ったイムさん(左)とエイさん(右)も子ども達にかき氷とお菓子の差し入れで恩返し

 生後すぐから18歳までいたといいますから、この孤児院は、実家という感じです。

 毎年、子どもの日、父の日、母の日は必ずここで、子どもたちにかき氷をふるまっています。現在は結婚して10歳の子どもがいて、サムットプラカーンでかき氷とルークチンを売っているとのこと。

 「孤児院を出た後、自分で実の母を探し出して会ったんですよ」と、まるでドラマのようなエピソードを話してくれましたが、今はとても幸せですと屈託ない笑顔を見せました。

 ニコニコしながらお菓子を配っていた好青年という雰囲気のエイさんも、イムさん同様生後すぐから18歳まで、ここで育ったといい、今はランシットで、店舗やコンドミニアムの内装を行う会社をやっているそうです。

 その後も、次々と差し入れにやってくる人たちが続きました。

 日本で孤児院に寄付や差し入れするとなると、ボランティア活動をしていると強く意識しがちですが、タイ人はもっと気軽に、自分自身も楽しみながらやっているように感じました。

 子どもの日は特別に差し入れが多いですが、普段でもお菓子を安売りしていたから、いっぱい買ってきたという感じで、出掛けたついでに立寄ってくれる人もいるそうです。食品だけでなく、消耗品の靴や服の寄付は大変ありがたいといいます。

 イムさんやエイさんのように孤児院を出た後も、よく訪ねてくれる人もいれば、まったく行方不明になってしまう人もいるとマーライ先生は心配そうに話しました。

 今、ここにいる子どもたちも18歳を過ぎたら、自分の力で生活していかねばなりません。