【懐かしの一面記事】タイでスーパーGT初開催 決勝日の観客数なんと7万5千人!(2014年10月掲載)
あの頃のタイをもう一度
弊社フリーペーパー「タイ自由ランド」は、2026年9月をもちまして創刊30年目を迎えます。
これまで誌面を飾ってきた歴代の一面記事を復刻し、当時の記事とともに、懐かしいバンコクの街並みや、その時代を彩ったタイでの出来事を振り返っていきます。
今とは大きく姿を変えたバンコクの街、当時話題になったニュース、暮らしや流行、そして在タイ日本人を取り巻く環境――。
過去の記事を読み返してみると、そこにはその時代ならではのバンコクの空気が詰まっています。
「こんな場所があった」「こんな出来事があった」と懐かしく感じる方も、まだ当時のバンコクを知らなかった方も、ぜひ30年の歩みとともにお楽しみください。
あの日の一面から、バンコクの30年をたどります。
〈2014年10月掲載〉タイでスーパーGT初開催 決勝日の観客数なんと7万5千人!
ブリラムに完成したばかりのチャーン・インターナショナル・サーキットで、初のビッグレースとなるスーパーGT第7戦が10月4・5日に開催され、タイ・モータースポーツの記念すべきレースを観戦した。
スーパーGTは、市販車モデルを改造したマシンで争うレースで、日本では人気の高いモータースポーツだ。初のタイ開催ということで、どのくらい観客が集まるかと思ったが、決勝日は昼前から大型バスが続々とやってきて、最終的には7万5千人以上というスーパーGT過去最多の観客数で、大盛況に終わった。ちなみにスタンド観戦1日券は500B、2日券750B。
今回はGT300で参戦しているチーム「シンティアム・アップルMP4-12C」(13面広告も参照ください)に同行させていただき、レースをいろいろな角度から見る機会を得た。パドックの中ではメカニック達が仕事を黙々とこなしており、張り詰めた緊張感に、こちらの身も引き締まった。
決勝日の午前中はフリー走行が行われ、マシン、タイヤ、コース等の状況を確認。チームのドライバー高橋一穂さんにコースの印象を聞くと「出来たばかりのサーキットなので、まだ車が走っていない路面部分は滑るところがあるが、素晴らしいコース」とのこと。レースを重ねるにつれ、路面にタイヤのラバーが付着し、またタイヤが細かい砂利を吸収しコースのグリップが良くなるそうだ。決勝レースでも最後の10週は全体的にタイムが上がっていたが、どのチームも、この未知のサーキットで、試行錯誤があったようだ。
フリー走行の後、2階建ての大型観光バスに乗ってサーキットを周回する「サーキット・サファリ」が行われた。バスから真横を猛スピードで駆け抜けていくGTカーを見ることが出来る迫力満点の人気アトラクションだ。
午後3時からは、いよいよ決勝レース。グランドスタンドも最終コーナーのスタンドも満員。GT300にスポット参戦した地元タイの「i MOBILE AAS」はポールポジションを獲得しており、ドライバーもタイ人なので、特に大きな声援を受けていた。
決勝レースはパドックの真上のスタンドから観戦。フラットなのでコース全体が見渡せる。レースでは、GTカーの音に圧倒されるが、慣れてくると各車の音の違いがわかってくる。この音もレースの醍醐味のひとつだ。抜きつ抜かれつの展開に満員のスタンドでは歓声があがっていた。
GT300の結果は「B-MAX NDDP GT-R」が優勝。「シンティアム・アップル・MP4-12C」は15位。タイ人の期待を集めた「i MOBILE AAS」は6位に終わったが、こけら落としのビッグ・レースとしては大成功といえるだろう。
来年以降のスーパーGTやワールドスーパーバイクの開催の話も進んでいるようで、タイ人のサーキット関係スタッフが大きなレースの経験を重ねることで、よりスムーズな運営が期待される。
しかし宿泊施設が足りないという声は多く、近所の一泊400Bのラブホテルに泊まらざる得なかったというレース関係者の話も聞いた。宿泊施設の充実は急務といえる。
レース終了後5時半に出発し夜10時半にオンヌットに到着。途中の休憩を入れちょうど5時間の道のりだったが、飛行便も含めた交通インフラの整備も今後の課題となっている。
チャーン・インターナショナル・サーキットは先月、国際自動車連盟(FIA)よりグレード1のサーキットライセンスが発給されタイのF1グランプリ開催が現実味を増してきた。 最初は物珍しさでレース観戦するタイ人も多いだろうが、モータースポーツ文化が、どの様にタイで育っていくか楽しみだ。
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